ある時は神を奉るようかのように柏手を打ち
祝詞を奏上し感謝を申し上げる
ある時は神様の前を通り過ぎ越しに声をかける
またある時は静かに正座をし神に対し語りかける
そして真夏の暑い時は神様も冷たいものが飲みたかろうと
冷えた水を差し出す
またある時は神様も一息つけたかろうと思い、湯加減がいいお茶を出す
そしてある時は美味しいショートケーキを食べたいんじゃないかなと思い
どうぞと言ってお供えする
しかし、神様はどんな仕草や態度や畏まった行儀作法をしても
いつも同じ・・・
また1日、15日、末日でも
今日一日無事だった、今があるのも全てを含む神様のおかげかもしれない
それでもいつも同じ・・・

涙して悔しがって怒って嬉しがって助け合って様々な人生を歩む
そんな時でも神様はいつも同じ・・・
あっ神様は見えないけどいつも自分のそばにいるんだ
自分の心を理解してくれてるんだ と
思ったら胸が熱くなる 温かくなる
そんな時でも神様はいつも同じ
あなたは幸せである
平安である と
自分自身の幸せなる精一杯の人生
力いっぱいの自分の人生、誰のものでもない
そこに神道があるのではないかと考える
すると神は宿題を出す
本当にそうか? と
様々な欲思を引き寄せる
そして失敗したり反省したり、喜んだりまた人生を歩んでいく
それも神道。
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